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妙成寺と「加賀騒動」の深い関わりとは?歴史に残る事件の真相と見どころを紹介

妙成寺AI 石川県
妙成寺の境内に立つ石碑
妙成寺の境内に立つ石碑

妙成寺は、石川県羽咋市にある日蓮宗のお寺です。
境内には五重塔をはじめ、昔から残る立派な建物がたくさんあり、国の重要文化財にも指定されています。

一見すると、静かで落ち着いた「歴史あるお寺」ですが、実はここには、江戸時代に起きた大きな事件のあとが残されています。
それが「加賀騒動(かがそうどう)」と呼ばれる出来事です。

妙成寺の山門
妙成寺の山門
妙成寺の五重塔
北陸ではめずらしい五重塔。下から見上げると、その大きさに圧倒されます。
口を結んだ仁王像(吽形・うんぎょう)
口を開いた仁王像(阿形・あぎょう)
妙成寺の山門を守る仁王像。悪いものを中に入れないよう、昔からこの場所に立ち続けています。

妙成寺に残る「事件のあと」

像と五重塔の写真
境内の一角に立つ像と、奥に見える五重塔。

境内を歩いていると、ひっそりとした供養碑(お墓のような石碑)があります。
ここに眠っているのが、大槻伝蔵(おおつき でんぞう)という人物です。

大槻伝蔵は、江戸時代に加賀藩(今の石川県あたり)で起きた「加賀騒動」の中心人物でした。
事件のあと、悲しい最期を迎えた人物でもあります。

「なぜ、この人のお墓が妙成寺にあるの?」
そう思いますよね。

はっきりした理由は分かっていませんが、
当時の藩主の母親だった善良院(ぜんりょういん)が、
ひそかに大槻たちの供養のために建てたのではないか、と考えられています。

声を上げられなかった人の思いが、静かに残されている場所なのです。


そもそも「加賀騒動」ってなに?

「加賀騒動」とは、江戸時代に起きたお家の中の大きなもめごとです。
伊達騒動などと並び、「江戸時代三大お家騒動」のひとつとされています。

出世しすぎた男

大槻伝蔵は、もともと身分の低い家に生まれました。
けれど、頭がよく仕事ができたため、藩主・前田吉徳(まえだ よしのり)に気に入られ、どんどん出世します。

今でいうと、
「下っ端だった人が、いきなり会社の中心人物になった」
そんな感じです。

これを面白く思わなかった人たちが、たくさんいました。

うわさと疑いが広がって…

藩主が亡くなると、大槻は急に立場を失います。
「看病が足りなかった」などの理由をつけられ、遠い土地へ追い出されました。

その後、
・毒を盛った
・男女関係の問題があった
といった、次々と悪いうわさが広がります。

本当だったのかどうかは、今でも分かっていません。
しかし、大槻は反論することもできないまま、追い詰められ、命を落としました。


今では「見方が変わってきた人物」

昔は、大槻伝蔵は「悪者」として語られることが多くありました。
でも、最近の研究では、

  • 藩のお金の立て直しを一生懸命していた
  • 周りの反対派にねらわれた可能性が高い

という見方も増えています。

もしかすると、
まじめに頑張りすぎたせいで、犠牲になった人だったのかもしれません。

はずや
はずや

妙成寺の供養碑は、そんな思いを静かに伝えてくれているように感じました。


歴史だけじゃない!妙成寺の見どころ

妙成寺のすごさは、事件の歴史だけではありません。

  • 北陸で唯一といわれる五重塔
  • 本堂や祖師堂など、重要文化財が10棟
はずや
はずや

どれも、近くで見ると迫力があります。
木の重なりや屋根の曲線を眺めているだけでも、「昔の人の本気」を感じます。


基本情報

  • 住所:石川県羽咋市滝谷町ヨ1
  • 拝観料:大人 500円/小人 300円
  • 駐車場:あり(無料)
  • 所要時間:30〜60分ほど

まとめ:実際に行って感じたこと

「事件があったお寺」と聞くと、少し怖い印象があるかもしれません。
でも、実際の妙成寺はとても静かで、空気が澄んでいました。

歴史の表には出なかった人の思い、
そして何百年も残ってきた建物の力強さ。

はずや
はずや

むずかしい知識がなくても、
「なんだか心に残る場所だな」と感じられるお寺でした。


おまけ:妙成寺名物あまざけ

入口の食べ物屋さん
入口の気になる文字(妙成寺名物あまざけ・・・あまざけ好きの自分)
メニュー
ミニチュアメニュー。全部オーナーさんの手作り。可愛いのです。
あまざけとだんご
あまざけとだんごを注文。あまざけはやさしい味でした。